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羞恥心なきいたずら

至福のひととき。それは誰にでもある。
社会人たるもの、忙しい日々の中でそのポイントのどれくらいのウェイトを置くかで充実したライフワークスタイルが構築できるというものだ。
あるものは単調な日々の文節句読点とし、あるものは仕事のモチベーションを逆説的に向上させるターゲットとし、あるものは時間の包括的連続性の緩急の一部として、その時間に自分の身と心をゆだねる。どのものにも共通しているのは、その一点が個人にとって時間性的かつ精神的に「特異」であるということである。
あまりぱっとしない僕のライフワークの中にも、そのひと時はいくつか存在する。
たとえば、昼食後のトイレタイムなんかはそのトップランカーのひとりだ。
あの満腹感と午後のまどろみのシンフォニーと同時に、排出をもよおす非常な圧迫感と緊張感のせめぎ合いを体感し、我慢する苦痛が快感に変わり平常心へと移行する様を味わえる瞬間などなかなかありえない。
しかし、今日のそのひと時がまさかあんな形で「特異点」になろうとは思っても見なかった。

僕は便器に腰掛け、ふーっと大きく息をついた。「よか、心地じゃ」。
すると壁一枚隔てた隣の便器から、とんでもなく張り詰めた声がこだました。
「マジびびったで、オレ、今日マジで遅刻するかと思たわ」
平常モードに突入していた僕に思わず、またびくっと硬直が走った。
どうやら携帯電話で電話をしているらしい。
「うん、それでな、Kマネージャーが電話してきてんな。ギリギリ朝礼に滑り込みセーフって感じやってん。」
カラカラカラカラ。どうやらトイレットペーパーを巻き取りながら、片手で受話器を持っているらしい。
「てかなー、あいつ昨日いきなり会社辞めたやろ?マジで信じられへんわー。相談くらいしろってなー、ほんまに。」
シャシャー。続いてはウォシュレットでお尻のエチケットを磨いているらしい。
その前にその汚いおまえの口を、気にしろ。そしてこんなことはありえないが、万に一つでも俺がおまえの知り合いであったとしても、おまえにだけは絶対電話することはないだろう。番号を登録してるメモリーがもったいないし、縁起わるいからソッコーで電話帳から消去するだろう、うん。
こんな重大な(おそらく電話相手である個人にとっても、社会的にも)話題をケツを洗いながらできるものなのか。そもそもそれはそんなに緊急性のある話題なのか?なぜ5分待てない?
トイレで電話していることを相手は知っているのか?いや、そんなに特徴的な音出してたら、隠すもんも隠しきれてねーだろ。それともこれはドッキリか?何も知らない俺に会社辞めろって言えない上司が、サクラ使ってプレッシャーかけてんのか?
なんなんだ、この至福のひと時を乱されるたまらないストレスは。だいたいここは博多なのに、何で関西弁なんだ!

僕はこのなんとも不思議な未体験ゾーンから二つのことを学んだ。
・至福のひと時とは、あくまでも個人的なものであるべきだ。
・こいつがマジならば、「羞恥心」と「公共心」いう日本語の意味を辞典で調べるべきだ。

以上、トイレとは公共の場の名を借りた、個人的スペースなのだということを改めて実感した。

by akatsukey | 2008-06-03 23:29 | 雑感  

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